宇都宮木鶏クラブ

言必ず信 行必ず果

2022年12月06日

木鶏クラブ古典学習 論語一章

小森 俊宣

【子路第十三】 P194

言必ず信 行必ず果

子貢問うて曰わく、 何如なるかこれ之を士と謂うべき。 子曰わく、己を行うに恥有り、 四方に使いして君命を しめざるは、 士と謂うべし。 曰わく、敢えてその次を問 う。 曰わく、 宗族考をしょうし、 郷とう弟をしょうす。 日わく、敢えてその次を問う。 曰わく、 言必ず信、行い 必ず果、こうこう然として小人なるかな。 抑亦以て次と 為すべし。 曰わく、今の政に従うものは何如。 子曰わ

く、ああ、斗しょうの人何ぞ算うるに足らんや。

【現代語訳】『仮名論語』より

子貢が 「どんな人物をすぐれた官吏ということができますか」と尋ねた。 先師が答 えられた。 「自分の行いを省みて恥ずるようなことはしない。 外国へ使して君の命を はずかしめないものを士ということができる」 子貢は更にその次の段階を尋ねた。 先 師が答えられた。 「身近な親族一同が孝だと揃ってほめ、村人達に兄や先輩に従順で あるとほめられるような人である」 子貢はなお 「次の段階は」と尋ねた。 先師が答え られた。 「言葉に決していつわりがなく、行いは必ずきびきびとする者である。然しこれ はこちこちで融通のきかない小人だが、 まあまあその次とすることができよう」 子貢が 最後に「今政治に当たる者はどうでしょう」と尋ねた。 先師は答えられた。 「ああ、 ますではかるような小物ばかりで、とりあげるまでもないよ」

(1) 安岡正篤記念館で印象に残った一章。50年前の日中国交正常化の際、中国か 日本に色紙で贈られ話題になった句です。 安岡正氏はこの句に憤ったとのこと。 いろいろな事情があったもよう。思惑ある国と国の外交に使われた章句、国の歴史を引き 継ぐことを考えさせられました。 哲学としての論語と異なる一面に気付かされました。 11月のに学ぶ実践の会」に欠席した自分は五十嵐代表のお話をぜひお聴きした

かったです。

« »

2022年12月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031