布引とは、いにしえの平安時代に相まうせ撲節会ちえが宮中(紫宸殿)において執り行われていました。天皇の御前です相まい撲人びとによって相撲会が行われた後、東西二手に分かれて「白き布」を引き合った。何れか勝利した方にその布をおし戴いたことから由来する。
【相撲節会は古来、宮中において七月七日の七夕の日に山車を先頭にして華やかに鳴り物入りで入場し、後から相撲人が三~四十人連り歩きその行列は二~三百人となった絢爛豪華な平安絵巻であったと伝わる】
この式は、子供たちの健やかな成長を願うもので古式になぞらえ「白き布」を東西に引き合います。全国にある相撲大会で唯一の自慢すべき創作した布引之儀として引き継がれています。
(明石史研究中村弘)
カテゴリ:布引之儀
コメントを残す