
宇都宮木鶏クラブ
2026年4月 小森俊宣
【述而第七】 P84
子曰わく、富にして求むべくんば、 執鞭の士といえども、
吾またこれをなさん。もし求むべからずんば、 吾が好むところに従わん。」
しのたまわく、とみにしてもとむべくんば、しっへんのしといえども、われま た、これをなさん。 もし、もとむべからずんば、わがこのむところにしたがわ ん。
【仮名論語】より
私は富をどうしても求めなければならないものなら、行列のお先 払
いでも喜んでしよう。だが求めてはならないものなら、私は
たとえ貧乏をしても自分の好きなことをやりたい。」
【自分なりに】
論語の章句で経済に関するものを教えて、 とAIにたずねて、 教え もらった章句である。 恥ずかしながら、 それを仮名論語で探
拾ってきたものだ。 「孔子が「富」そのものを悪とはせず、**
てし、意味を 「どうやって稼ぐか」というプロセス (正当性) **を最重視していたことがわかります。」と説く。
では、私はこの章句から、 なにを感じるか。
孔子はまるでロックだ。 凡人ではない。
自分の意のまま生きよう、という意志を感じる。
金なんか関係なく自分が好きなことをやるのだ、と。 もし金を稼ぐんだ、 金持ちになるんだ、 金が一番だ、と思ったと ら、恥ずかしいことでもなんでもやるぜ。
でも、どんな方法でもいいから金を求めるというのは、ちょっ いんじゃない? そんなふうに稼ぐ生き方は嫌だから、
自分は好きなことやるよ。 自分の信条に合う生き方をするよ、 自分が好む生き方をしていくよ、という意味か。 「武士は食わね楊枝」は、 見栄っ張りの意だからこの章句とは少しちがう。
子が好む所は、「君子の生きる道の追求」 か、 「学問に沿う 方』」か、いずれにせよ、自分が好きな生き方が明確であ を貫く強さ、 心のたのしさを感じる。
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