はじめに
今回のテーマは「汝の足下を掘れそこに泉湧く」と言うテーマでした。
まず、表紙ですけど、女性で私よりも年下で、金メダリストなので見たことある人が出てると、安心しますね。もちろん、お二人ともすごい人なんですけど、なんとなく、それだけで読みやすく見えるって不思議ですね。ちょっといつもより気楽な気持ちで読み始めました。
何を読んだか
まず「特集」を読みました
足下を掘るの意味とは、どういう意味なんだろうと思って・・・
“足下を掘るとは自分の手元にあるものの価値を信じ生かし切ることだと言える。”
私で言えば、今やってる仕事や倫理・論語の学びってことなのかなぁと・・・
あと、印象に残ったのが、小金治さんの父親の言葉で
“「実行、努力までならみんなする。そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ。一歩抜きん出るには努力の上に辛抱という棒を立てるんだよ。この棒に花が咲くんだ」足下を掘る上での大事な心得を説いて、これ以上の言葉はない。”
なるほどと、ただこの「辛抱」ってどういうことなのかなぁと漠然と思いなんがら、中を読んでいきました。
何が書いてあったか
小平奈緒さんが「オランダで学んだ自己肯定の大切さ」ということで書いてあったのが
“日本では皆でテストを受けて皆で次の学年に上がるっていうシステムですけど、オランダではそれぞれ着実に実力がついてから次のステップに進むようになっていました。ですから一番になるとか記録を出しから偉いのではなくて、自分の力を確実につけて行ったプロセスをお互い認め合うんです。
大学時代やソチオリンピックまでの自分は誰からに認められることを求めていました。でもオランダに行ったことで、できない自分をその都度受け入れる、自己肯定出来るようになった。”
これは、本当にそうだなと思って、うちの子が今中学生なんですけど、中学校ぐらいになるとテストの点数とか、相手と比較して落ち込んだりするんですよね。うちの子は美術部に入っていて、そこでも絵の評価みたいなことを気にしていて、落ち込んだりしてるんです。
まぁそれも大事なんだと思うんですが、それよりも、今何が出来て、何が出来ないのか、失敗して成長したこと、出来るようになったことを評価してあげないと難しいよなぁ・・・と思って。まぁ絵なんかは、「この色の使い方が変わってよくなったよね」とかプロセスから褒めてあげるように気をつけるようにしてます。
どう感じたか
このお二人の対談を読んでいる受け入れるということが結構言っていて、
特集でてきた辛抱というのは受け入れるってことなんじゃないかと感じました。小平さんも言ってましたが、「素直に一生懸命生きているからこそ楽しい」うまくいかない、失敗している自分を受け入れることが継続して成長していくことにつながると思いました。
カテゴリ:致知
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